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ますやパン、伊豆屋のパン [おいしい帯広]

いっとき叔母と同居していた。
帯広にかよっていた。
ときたま、
ますやのパンをかってきてくれた。
まっしろなクリームサンド。
厚めの食パンをカレールーに浸しただけの、
いまはなきオリジナルのカレーパン。
このふたつがすきであった。

ますやではスパゲッティパンが人気であったという。
が、
伊豆屋(伊豆や)のポテトサラダパンとさきの2つははずせない、
とっておきの味である。

あれから40年たって、
カレーパンのアイディアは爾来おめにかからない。
ただ、
クリームサンドの独特はクリームにレモンがまざっていたのだということがわかった。
なぁに、
レモンクリームの菓子をたべて、
気がついただけの話。
ああ、
あのカレーパンというか、
カレー食パンがたべてみたい。
辛くはなく、
すこし甘かったような記憶がある。





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チャーハンライス? [おもいでの札幌]

札幌に住んでいた。
最寄りの駅は桑園。
駅からすこしはなれたところに味よしという食堂があった。
なんにんかとつれて昼、
のれんをくぐった。

ひるどきだからほぼ満席。
ばらばらにこしかけた。
わたしはなにを注文したかは記憶にない。
たまたま、
となりに腰かけた、
若くして腎臓をやんでいた知人は、
おもむろに、
「チャーハンとライスをください。」
しずかにいった。
「えっ。」
びっくりしたのは、
店のあるじではなく、
わたしであった。
「外食はしょっぱいですから。」
そういうものか、納得した。
おもいおこせば、
塩分は相当の量を食したわけで、
ライスをたべたからといって、
塩分の量がすくなくなるわけではないのだが。





タグ:桑園 札幌
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士幌線 糠平(ぬかびら) [わがまち士幌]

十勝三股(とかちみつまた)と帯広をむすんだ。
士幌線 糠平(ぬかびら)

糠平ダムがある。
スキー場も雪質がいい。
ただ寒い。
児童のころ仲間とスキーをしにいった。
スキーをかついで歩いた記憶がある。
ということは往きは士幌線で、
帰りは十勝バスではなかったか。

糠平温泉スキー場はてっぺんにいくと、
滑走コースがまるで糠平湖につっこんでいくようにみえた。
存分にスキーを堪能しおえると、
仲間とつるんでむかいの湯元館で湯につかった。
それがわざわいしたのであろうか、
帰宅後、
わたしは猛烈に発熱し、
ねこんでしまった。
つぎの日、学校へはいけなかった。

糠平は両親の新婚旅行の場であった、
とのち聞いた。
爺さまの妹がながく住んでいた場所でもある。
糠平から然別(しかりべつ)にぬける道があり、
糠平側からいくといきなり峠になる。
その山のいただきあたりが、
糠平温泉スキー場のリフトの最高地点であった。

後記
コウケンテツの日本100年ゴハン紀行でコウケンテツさんが糠平温泉をたずねた。
糠平温泉旅館中村屋の若女将(おかみ)の奮闘。
手をかけて出される地元の食材。
なにげなくふるまう若女将。
そのなにげなさに、
強いこだわりと強い意志、
そして使命感を感ぜずにはいられなかったのはわたくしだけではあるまい。
おさないころ泊まった、
つくえ館なぞは姿を消していた。
さびれてはいるけれど、
どこか瀟洒(しょうしゃ)な街並みにかわっていた。
ぜひ、
行こう。





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士幌線 幌加(ほろか) [わがまち士幌]

十勝三股(とかちみつまた)と帯広をむすんだ。
士幌線 幌加(ほろか)

汽車(ディーゼル)ではいったことはないかもしれぬ。
婆さまがそのむかしご近所のお婆さんといっしょに幌加温泉で湯治。
その送迎についていった。
ゆえ幌加駅のまえをすどおりしただけか。
残念。

三国峠などできてはいなかったから、糠平湖の湖岸道路をのぼっていった。
道はじゃり道、
うねりにうねった。

さびれてたなぁ。
それでも宿にはほかに数人いた記憶がある。
それと、
婆さんたちがたのしそうに笑っている記憶。
それしかない。

後記
いまでこそタウシュベツ川橋梁が上士幌町の名所旧跡になってはいるが、
当時はだれも関心がなかった。
六角精児の呑み鉄本線・日本旅「夏・石北本線を呑む!」で、
タクシーをつかって士幌線の鉄道遺産「タウシュベツ川橋梁」をたずねていたのにはおどろいた。
そういうかたがすくなからずいると聞き、
またおどろいた。





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士幌線 十勝三股(とかちみつまた) [わがまち士幌]

十勝三股(とかちみつまた)と帯広をむすんだ。
士幌線 十勝三股(とかちみつまた)

三股にはいったことがない。
車でとおったこともない、
はずである。
いつでもいけた。
けれど用事がなかった。
いっておくべきであった。
用事などなくてもいい。
廃線になるまえに。
糠平からバス運行になるまえにいっておくべきであった。
無念。

士幌線の動画をみたことがある。
それは糠平界隈でしかなかった。
帯広から十勝三股までの車両まえの固定カメラでの記録をとっておけばよかった。
つくづくおもうのはわたくしだけではあるまい。





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はじめての大阪 [いまも健在]

はじめて大阪にいったとき、
宿は天王寺ちかくであった。
吉野家があったのをおぼえている。
そのころ吉野家は札幌に一店舗しかなかった。

難波あたりで焼肉定食をたべた。
カウンターのちいさなコンロはまさにひとりでたべるためのものであった。
それまで、
ジンギスカンしかたべたことがない。
わいわいやるものだから、
おどろいた。

梅田花月、
中座へいった。
高等学校の時分、
土曜日、
家に着くと、
吉本新喜劇をTVでやっていた。
わたしはよくひとを笑かす。
むかしから笑うのも笑かすのもすきであった。
大阪といえばズバリ、笑いであった。
うどん、
串カツをたべるには十数年後またねばならなかった。





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志田病院と六花亭 [おいしい帯広]

六花亭はむかし帯広千秋庵といった。
志田病院には児童のころに扁桃腺の切除手術をし、
入院した。

かぜをひくと発熱する、
そのたびに扁桃腺は腫れた。
気を紛らすためでもあったのだろう、
母親は、
ちかくの六花亭(帯広千秋庵)にわたしを連れていく。
母親がただたべたかったからなのかもしれぬが。

おきまりは、
ホットケーキとなぜかトマトジュースであった。
2階のパーラーはひろく、
ゆったりしていた。
なぜトマトジュースであったのだろう。
トマトの赤があまりにあざやかであったのか。
塩味がホットケーキの甘さとマッチしたのか。
いまもってわからない。

ホットケーキは2枚であったか、
3枚であったか。
バターがとけて、
たっぷりの蜂蜜(シロップ?)をあるだけかけた。
もしかして皿までなめたのかもしれない。
そんな息子を母親はたしなめたのか、
たしなめなかったのか。
贅沢であった。

ちなみに扁桃腺の扁桃とはアーモンドのことをいうらしい。





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はじめてのスパゲッティミートソース [おいしい帯広]

帯広郵便局のちかくにパーラーふじもり(ふじまるだったかも)というレストランがあった。
母親がつれていってくれた。
ミートソースのスパゲッティである。
父親も、
母親も、
そしてわたしもミートソースのスパゲッティを注文した。

木の皿に黒い鉄板。
ジュージュー音をたててそのミートソースはやってきた。
パーラーふじもり(ふじまるだったかも)で、
ほかのメニュをたのんだ記憶はない。

レストランにいって、
なにかを食べる、
というのではない。
ミートソースがたべたいからパーラーふじもり(ふじまるだったかも)へいく。
迷いがないから速い。
ほかにしらないから迷わなかった。
帯広はおいしい。





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